LONG ROMANTIC ROAD

トライアンフボンネビルT100と私のオートバイライフ
片岡義男さんの物語に登場するオートバイたち、
特にバーチカル・パラレル・ツインのエンジンを抱えたオートバイに憧れていた
その中に、トライアンフという名前も出てきていた

「ときには星の下で眠る」

「あのトライアンフ・ボネヴィルで走ってたんだって」
「燃料タンクの赤いやつ?」
「そう」
「うわあ,素敵だ」

「湾岸道路」

「とっても素敵な排気音なのね」
「トライアンフです」

 ここには、片岡義男さんに関連があることがらを中心に紹介していきたい

「彼女から学んだこと 47」に登場する
オートバイ

「4サイクル・シングル・シリンダーの400ccだ。あきらかに古風な、しかしすっきりとまとまって無駄のない精悍なシェイプを、陽影のなかでしばし休めている。」

このオートバイはたぶん
ヤマハSR400

30年間にわたって生産され続けてきた
名車中の名車
排ガス規制のために
生産中止となってしまってちょっと残念

このオートバイも、片岡義男さんの物語によく登場する
片岡さんのお気に入りの1台なのだろう。
「コーヒーもう一杯」の中の
「スティッキー・フィンガーズ」に登場する
オートバイ

「正彦のオートバイは、650ccをふたつのシリンダーにふりわけたヴァーティカル・ツインだ。プルバック・ハンドルのアメリカン・スタイルで、キックで始動したとたんに全身に感じるマシーンの身振いがたまらない。」

このオートバイは、たぶん
ヤマハXS650special



XS1からTX650へ。
そのTX650をベースとしたアメリカン。

当時、限定解除できていたら
たぶんこのオートバイを
選んでいただろうなあ。

片岡義男さんの物語に何度も登場しているオートバイの1台。
たぶん、片岡さんもこのオートバイに魅力を感じていたのだろう。
「コーヒーもう一杯」の中の
「ガス・ステーションのブルース」で
片岡義男さんはこんな会話を
登場人物にさせている。

「どこへいくの?」
と、彼女がきいた。
「どこへでも」
「え?」
「どこへでも」
「どういうこと?」
「どこへ行こうと、自由なんだ」
「うわあっ、いいんだ!」
怒鳴るように、彼女は言った。
「とりあえず、どこへいくの?」
「さあ」
と、ライダーは言った。そして、両手に手袋をつけながら、
「海のほうへいこうかな。海へ」
「口惜しい」
と、彼女が言った。

時間とお金があったら
オートバイで長旅に出たいなあ。
海沿いを思う存分走ってみたい。
「コーヒーもう一杯」の中の
「風と紅茶の一日」で
片岡義男さんはこう書いている。

「バイクでいくのも素晴らしい。
なんとなく見当をつけたあたりを歩きまわっていると、自分だけの紅茶を飲むにふさわしい場所が、かならずみつかる。」

ここでも、片岡さんは自動二輪のことをバイクと呼んでいますね。
「バイク」って使っているのを確認したのはこれで2冊目。

で、
私は紅茶よりコーヒーを持っていって
自分だけの場所で飲んでみたい。
「コーヒーもう一杯」の中の
「お月さまはベルベット」で
片岡義男さんはこう書いている。

「この友人は、アメリカン・スタイルの4サイクル2気筒のミドル・ランナーを買いたい、と言っていた。彼がついに買ったそのオートバイは、何種類かある国産のアメリカン・スタイルのオートバイのなかではもっともよくまとまったものだった。バランサー機構の組みこまれたオーバーヘッド・カムのツインで、パワーをひかえめにしたエンジンの特性は車体とうまくつりあっている。ただし、ぼく自身は、買いたいとまでは思わない。」

当時、第1次アメリカン・ブームと現在では言われているが、
段付シートに、プルバック・ハンドル、ショート・メガホン・マフラー、小径リア・ホイールと
いったようなスタイルのオートバイが流行していた。

片岡さんが書いているオートバイは
たぶんカワサキZ400LTDだろう。

このオートバイで
九州や北海道をソロ・ツーリングした。
今では、懐かしい思い出だ。
「コーヒーもう一杯」の中の
「オン・ロード」で
片岡義男さんはこう書いている。

「夏の陽ざしがある、春の風がある。雨の香り、入道雲の予感、遠い夕焼けの町、季節感の、およそ想像を絶したこまかなグラデーションが、空間には常に充満している。朝日の輝き、夜の海を照らす青い月。ひとりで見つめつづけた海の潮騒、セミしぐれ、深い秋の湖の静寂。」

これらすべてのものは、
オートバイ・ライダーのもの
だと片岡さんは言う。

自分はどれだけのものを感じ取っているだろうか。
北海道を走った時に
『海の温度』
というものを感じたことがある。
海の匂いではなく温度なのだ。
体に当たる風の中に
『海の温度』を感じたのだ。
「コーヒーもう一杯」の中の
「そして、小さな島へ」で
片岡義男さんはこう書いている。

「白石島という小さな島に寄ったときは、ぼくにとっては、ほんとうに、ものすごい体験だった。」

白石島が登場していたんですね。
以前にもご紹介した
「緑の瞳とズーム・レンズ」の中の
「散歩をしよう。そしてその途中で、コーヒーを飲みたい」に
片岡義男さんはこう書いている。

「僕のカメラには、今日は35−70ミリのズーム・レンズが付けてあった。SLRカメラのなかではもっとも小さくて軽い、したがって僕にとっては扱いやすい、愛用のカメラだ。」

35年も前に発売されたOLYMPUS OM-1です。
レンズは28−70ミリのズーム、ズイコーではなくタムロンですけどね。

オリンパスOM-1

どこかで、片岡さん愛用のカメラはOM-1だと聞きかじったのですが、
どうなのかなあ。
確かにOM-1は当時最も小さな一眼レフ・カメラでした。

もう、ずーと使ってません。
使うには、オーバーホールをしてもらわないとダメみたいです。
「コーヒーもう一杯」の中の
「彼女の林檎」で
片岡義男さんはこんなシーンを描いている。

「すれちがうとき、ぼくたちは、おたがいにVサインを出しあった。彼女は、ほんのりと、微笑をむけてくれた。」

Vサイン、なつかしい。
今は、オートバイ同士がすれ違っても
Vサインをやりとりすることがほとんどない。
はにかみ屋だから自分からなかなかVサインを出せなかったが、
それでも相手からのサインにはVを返したっけ。

「すれちがいざま、ぼくは、はっきり見た。たしかに、リンゴだった。赤く色づいて丸く張りきった曲面にも、オレンジ色の西陽が当たっていた。リンゴは、ステーの先端で、得意そうに赤城山の風を切っていた。」

読み直してみて、
「ミラー・ステーにリンゴを突きさす」シーンは
ここに書かれていたことを再確認した。

赤城有料道路、今は一般道になっているはずだけど
走ったことがない。
また、行ってみたいところが増えた。
「緑の瞳とズーム・レンズ」の中の
「標高千二百メートル。
六月の夜、心地良く冷たい風。
革新された技術は、なんのかかわりを持つのか」に
片岡義男さんは、こんなことを書いている。

「確かこのあたりだったはずだ、と僕が見当をつけた駅で、僕たちは気動車を降りた。千曲川にかかる木造の吊り橋を対岸へ渡り、そしてひきかえしてくるということを、僕はおこなってみたいと思っていた。」

この吊り橋のことをさしているのかもしれない。


「午後と夕方とのあいだにある、魅惑に満ちた境界線上のような時間に、僕と彼女は、僕の友人が経営するペンションに到着した。標高千二百メートル、深い林の奥に静かに建つ、居心地の良いペンションだ。」

このペンションは「ドンキーハウス」かもしれない。


「ドンキーハウス」はもうないようだ。
「千曲川にかかる木造の吊り橋」は
もう一度探してみようと思う。